「理解」とは無数の「事象」が「理由」で繋がった構造である

人が「納得する」とはどういう事なのか?

また「理由」をどのように定義できるのか?

について、しばらくの間考えていた。 最近良い定義を思いついたのでここに記載する。

1 「理由」は、(ある主体の認識上の)事象同士の関係である

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重要なのは上記の定義を満たすならばどのような関係でも構わないという点だ。

例としてあなたが建物の中に居て、外に雨がふっており、建物の中にある傘が濡れているという状況を想定してみよう。

  • 事象A:雨が降っている
  • 事象B:傘が濡れている
  • 理由1:誰かが傘を使って建物にたどり着き、傘を置いた(から)

と図に割り当てる事が出来る。別の理由を割り当てる事も出来る。

  • 理由2:雨が降っている時は傘が濡れている事が多い(から)

理由2は理由になっていない、と思うかもしれないが、例の状況が雨が降った時のいつもの景色であれば、場合によっては理由2のように考えるに留まり、理由1にまでは至らないだろう。

理由1は因果的な関係であり、理由2は相関的な関係である。 「理由」は、因果関係や相関関係であることが多いが、単純な時間的・空間的な距離の近さのような関係でも構わない。

別の例として暗闇でボールを手から離すという事を考えてみる。

  • 事象A: ボールの感触が手から消えた
  • 事象B: すぐ傍の地面から音がした
  • 理由1: ボールが落下して地面に触れた(から)

この事象Bが空間的に遠かった場合、例えば事象Aの直後に遠くからかすかに音が聞こえた場合、それが理由とは思わないだろうし、10分後に聞こえたらそれが理由だと思わないだろう(もちろん「ボールの落下地点に深い穴が開いていた」というような知識は無いとして)

また懐中電灯でボールが落下している所を見えるようにしたとする。すると空間的、時間的に事象同士が近くなり、理由はより確かなものとなる。

2 「理解」は「事象」と「理由」の構造である

最初の雨の例で人(nさんという)が外から建物に入ってきていたとする。この場合、二つの理由の組み合わせを一つの事象に結び付けることが出来る。

  • 事象A: 雨が降っている
  • 事象B: 新たにやってきたnさんが居る
  • 事象C: 傘が濡れている
  • 理由1: 外で雨が傘を濡らした(から)
  • 理由2: nさんが外で傘を使い、中に傘を置いた(から)

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ここでさらに別の事象、例えばnさんが電車に乗っていたという事象と、その事象と事象Bの関係を加えることが出来るだろう。

事象と事象を理由によって繋いでいく事が出来る。

理解とは、そのように作られた事象と理由による構造である。

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3 「理解」には強度があり、多くの目的を達成するのに役立つ理解がより強い理解である

今外に雨が降っている事を理解できれば、濡れずに家に帰る事が出来るかもしれないし、より多くの事象を根拠とし、明日も雨が降らない事を理解できれば、遠出する予定を立てられるかもしれない。

理解の強度が十分であるかどうかは目的に依存する。車を使う目的なら、車の内部構造を詳細に把握する必要はないが、車を修理するにはより詳細な内部構造を理解する必要があり、車を作るにはより多くを理解が必要だろう。

4 その人が注目する「理解」の根拠が強化され、理解の強度が十分になったとき、人は納得する

明らかに弱い(=目的を達するのに不十分な)が、ある事象や理由があれば強度が上がるような理解があるとする。

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ここで新たに事象や理由を認識し、理解の強度が強度が十分になった時、人は「納得した」と感じる。

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5 因果関係や他の認識や推論の仕組みから独立して「理解」を定義した

このように定義すると何が良いのかというと、人の推論や認識について、複雑な推論の規則や因果律や知識についての問題があったとしても、それらと独立して考える事が出来るので良い。